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井伊直虎と井伊直弼の本当の関係を暴露!

うみ

 

 

井伊家は、平安時代末期に井伊共保(いいともやす)が遠江国の井伊谷(いいのや)に城を構え、井伊氏を名乗ったのが始まりだと言われています。その後の歴代の数え方には諸説があり、井伊家の家系図は複数存在するのですが、あまり一致するものがありません。

 

 

 

ただ、井伊直虎(柴咲コウ)の従兄でもあり、許嫁だったが結婚することはなかった井伊直親(いいなおちか/三浦春馬)を最後に、井伊谷(いいのや)の井伊宗家は滅亡したことになっています。

 

 

 

そして、井伊直虎が養子にした直親の子・井伊直正(幼名・虎松/菅田将暉)が井伊宗家を再興し、彦根藩の藩祖となり、井伊家初代とされています。

 

 

初代・直政は徳川家康の譜代大名の筆頭格となり、彦根藩は幕府からの信頼も厚く、直政以降も幕府が大きな問題に直面した時には、しばしば政治最高職の大老を排出しています。井伊家最後の大老であり、江戸幕府最後の大老が井伊直弼になります。

 

 


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井伊家で、思い浮かぶ人物は!?

 

 

「井伊家」と聞いて真っ先に思い浮かぶ人物は・・・「井伊直弼」(いいなおすけ)ではないでしょうか。中学校や高校の社会の教科書には必ずその名前が載っていますよね。

 

 

 

江戸時代末期、いわゆる幕末に江戸幕府の政治最高職である大老となり、およそ250年続いた鎖国を止め、独断でアメリカと日米修好通商条約を結び、開国しました。

 

 

 

そして、開国に反対する人たちを「安政の大獄」で粛清し、その報復として行われた「桜田門外の変」によって命を落とします。激動の幕末、日本を開国に導いた人物として、これまでテレビドラマや映画で何度も取り上げられてきました。

 

 

 

1963年(昭和38年)に放送されたNHK大河ドラマの第1作「花の生涯」は、井伊直弼を主人公にしたドラマでした。そして、2017年のNHK大河ドラマの主人公は「井伊直虎」です。

 

 

 

結果論にはなりますが、江戸幕府終焉の引き金を引くことになった井伊直弼、そして彦根藩の藩祖・井伊直政を育てあげた女領主・井伊直虎。井伊家の人たちには行政能力や決断力の高さなど、現代人に訴えるものがあるのではないでしょうか。

 

 


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井伊直弼は井伊直虎の子孫

 

 

井伊直虎は生涯独身を通し、彦根藩の藩祖・井伊直政も養子ですから、井伊直弼が井伊直虎の直系の子孫ということはありません。

 

 

また、井伊直弼までの彦根藩主には、養子もいたり、一度宗主をやめて再び返り咲いた人がいたり、多くの大名家がそうであるように非常に複雑な系譜を形成しています。ただ、当時、江戸幕府は他家からの養子を認めていませんでした。

 

 

 

嫡男がいなかった場合には兄弟もしくは傍系より養子を迎えるのが慣例になっていましたので、直系ではありませんが、井伊直弼は井伊直虎の血脈を受け継いでいると言ってよいのではないでしょうか。

 

 

 

ちなみに、井伊直弼が彦根藩主となって間もないころ、直弼は藩祖・直政の父であり、井伊直虎の元許嫁・井伊直親の墓に詣でたことがあるそうです。

 

 

 

その墓参りの際、直弼は一対の灯篭を寄進したという逸話が残っています。彦根藩主となった井伊直弼が藩祖・直政とその実父である直親への感謝の気持ちが垣間見えますよね。

 

 

 

 

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