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豊臣秀次が切腹させられた本当の理由を暴露します!

刀

 

 

関白・豊臣秀次(新納慎也)は、秀吉(小日向文世)の姉の息子、秀吉にとっては甥に当たります。

 

 

子宝に恵まれなかった豊臣秀吉の数少ない親戚として育ちますが、扱いは決して下にも置かず、とは言い難く、四国を攻める際の手駒として、三好康長に養子として送り込まれたりもしています。

 

 

 

本能寺の変、清洲会議の後、秀吉が天下人の道を歩み始めると、扱いもころりと一変。一門として重用され始めます。が、小牧長久手の戦いでは徳川軍に惨敗。

 

 

 

その影響で後の創作物では無能扱いされることになります。作戦を立案したのは豊臣秀次ではなかったらしいのに。それでもその後は秀吉の配下として各地に出撃、ちゃんとした戦果も上げ、織田信雄の領地だった尾張・伊勢をもらったりもしています。

 

 

 

羽柴秀次に改名したこの時期に、九戸の乱討伐の総大将を務めたりもしました。しかし、まだこの時点では、豊臣秀次はさほどの特別扱いを受けていたわけでもありませんでした。

 

 

 

 

特別扱いを受け始める豊臣秀次!

 

 

様相が一変するのは1591年のことでした。北条を討伐し、天下を統一し終えたばかりの秀吉の実子鶴松が3歳で死去します。同年、秀吉は豊臣秀次を養子にし、関白の座と聚楽第を譲ります。

 

 

 

望む望まないに関わらず、豊臣秀次は秀吉の後継者としての地位を手にしてしまうのです。しかし、またしても流れは一変します。その2年後、豊臣秀頼(中川大志)が生まれると、秀吉の態度がまたしても急変するのです。

 

 

 

1595年7月、豊臣秀次は「謀反の疑いあり」と秀吉によって高野山に追放され、その15日に切腹させられました。豊臣秀次の妻や子、家臣たちも死罪にされました。輿入れ直後に死を命じられた、最上義光の娘・駒姫の悲劇は殊に有名ですね。

 

 

 

所説ある豊臣秀次の死!

 

 

 

 

他に、浅野幸長・小早川秀秋(浅利陽介)らを処分。伊達政宗(長谷川朝晴)や細川忠興といった面々にも累が及ぶところでした。真相については様々な説が唱えられています。

 

 

 

中には豊臣秀次の乱行が原因との噂話もありました。「殺生関白」、死の直後に豊臣秀次につけられた仇名です。堺にいた宣教師ルイス・フロイスの記録とされる文章が残っています。

 

 

 

「秀次様は人間の血を見ることに異常な興奮をお見せになられたのです。それは残酷で知られるローマの歴代の皇帝でさえもなしえないほどの残虐性だったと言ってもいいでしょう」

 

 

 

「しかも、豊臣秀次様は罪人とされた者たちを、自らの手で切り刻み始めたのです」ネロ皇帝も真っ青の描写です。

 

 

 

これが事実かどうかは大いに疑いも残るところです。しかし、それはさておき長子鶴松の死後、秀吉は自分の後継者を血眼になって求めたというのは有名な話です。

 

 

宇喜多秀家(高橋和也)や小早川秀秋の「秀」の字は、秀吉の1字を賜ったものですし、場合によっては彼らを養子に迎えてでも豊臣家の存続を図った節も見られます。

 

 

真田丸の豊臣秀次の死も所説あるうちの一つ!

 

 

しかし、実子、秀頼(中川大志)が生まれて以降、彼らへの扱いも粗略この上なくなります。関ヶ原での小早川秀秋の裏切りは、この時の扱いが腹に据えかねていたためだという話もあるくらいです。

 

 

 

秀頼という実子が生まれたことにより、豊臣秀次の関白という立場が不安定になって、反逆した…、という通説に対し、豊臣秀次が権力欲しさに鶴松を毒殺した、という噂が流れ、秀吉がそれを信じたため、なんてトンデモ歴史説もあったりします。

 

 

 

噂を流したのは石田三成(山本耕史)或いは大野治長だった、とも。ここまで来ると最早悪いのは何でもフリーメイソンだと言ってのける陰謀説と紙一重ですね。かく言う筆者も、通説を半ば信じていた1人でした。

 

 

 

しかし近年、国学院大の矢部健太郎氏が、「秀吉は秀次を高野山へ追放しただけだったが、意図に反し豊臣秀次が自ら腹を切った」とする新説を打ち出しました。複数の研究者も興味深い説だと評価するこの説を知った時、何か妙に腑に落ちた感がありました。

 

 

 

この説を大河ドラマ「真田丸」では取り入れていますね。同時に脳裏に、豊臣秀次の叫びが聞こえてきた気がします。「人の人生を散々弄びやがって。俺はあんた(秀吉)の玩具でも人形でもない!」そんな悲痛な叫びが聞こえてくるのは私だけでしょうか。

 

 

 

 

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